東京高等裁判所 昭和38年(ラ)381号 決定 1963年8月23日
抗告人 長野原町
訴訟代理人 水野東太郎 外四名
相手方 国土計画興業株式会社
訴訟代理人 中島忠三郎 外三名
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨並に理由は別紙のとおりであつて、右抗告理由に対する当裁判所の判断は次に記すとおりである。
一、抗告理由(1) について。
本件記録に徴すると、原裁判所が本件代執行の手続の続行停止決定をするについて、抗告人の代表者町長桜井武に対し意見を求める旨の書面を発したのは昭和三十八年六月二十八日であつて、右求意見書は同日町長代理助役唐沢和夫において受領していることが明かである(記録一六一丁、一六二丁)。従つて一般の社会通念から云つて右意見の求められた事実は即時相手方代表者町長桜井武に伝達せられ、同人においてこれを了知したものと推認せられる。右桜井武は翌同月二十九日同裁判所に書面を提出し(一六三丁)、右求意見のあつたことを知つたのは同日午前六時である旨述べているがこれをそのまま真実なものとは認め難く、他に右桜井武の言を確認する証拠はない。なるほど原裁判所の発した求意見書によると、抗告人の意見は翌日の昭和三十八年六月二十九日午前十時に原裁判所に必着するよう提出されたい旨要求せられておつて、右求意見書が発せられてから抗告人が意見書を提出すべき時まで丸一日の予猶を置かれていないものというべきである。しかし本件申請の根底をなす、抗告人と相手方との争については、相手方から既に再度の仮処分申請があつて、原裁判所において仮処分決定がなされ、第一回目の仮処分決定に対しては抗告人から異議の申立があり、右異議訴訟において当事者は相互に十分の主張を闘わし、右仮処分決定認可の判決までなされていることが一件記録に徴し明かである。従つてかりに抗告人町長桜井武自身なすことが不可能でもその代理人をして、原裁判所に相手方の本件停止決定申請に対する意見を口頭あるいは書面をもつて陳述する余裕がなかつたものとは認められない。
抗告人は、町長において右二十九日午前九時より農業委員会へ、午後一時より町議会へ各出席するため意見提出の時間がなかつたと主張するけれども右事実については疎明なく、かりに右の如き公務が町長にあつたとしても、前記のとおり仮処分事件について本件抗告代理人らが抗告人町を代理して訴訟を遂行しているのであるから同町長において右代理人らに委任し適当な意見を陳べる機会を作ることができたものと考えられる。町長桜井は、右二十九日に「呼出期日変更申請について」なる書面(記録一六三丁)を原裁判所に提出し、意見書の提出を同年七月一日午後三時まで延期せられたい旨求めたことが認められる。しかし右書面には「裁判所の求意見書についての連絡が町長にあつたのが二十九日午前六時で同日午前十時までに意見書を提出することは時間的に不可能である」旨記されているだけで、他に意見開陳を不能乃至困難ならしめる如き事由は何ら記されておらない。
また一件記録によれば(1) 抗告人と相手方との間の本件道路に関する紛争の経過は激化の一途をたどるのみであることを認め得べく、(2) 既に本件の行政代執行に先立つて、昭和三十八年五月二十日抗告人から相手方に対し行政代執行の前提たる戒告書が発せられ之に対し相手方から即日其の不当である所以を強調して回答が為されたが、抗告人は同月二十五日代執行令書を交付し、同月三十日相手方主張の前道路敷内に相手方の設置した木柵を代執行によつて撤去してしまつたことを認め得べく、(3) 本件代執行は右木柵に代えて相手方が同一場所に設置した「ガードロープ」を目的とするものであつて、抗告人から昭和三十八年六月二十七日に発せられた戒告書(疎甲第十九)には同書面到達後一日以内である六月二十八日中に之を撤去すべきこと、その履行のない場合は再度行政代執行によつて執行する方針である旨を明記してあること明らかである。(4) 従つて以上の経過に徴すれば、右戒告書に記載された六月二十八日中に撤去のない場合には、抗告人において直ちに代執行を実行する慮が十分に在ると判断され得る実情に在つたものと認めることが出来、原審としてはこの緊急の事態を十分考慮すると共に、本件の経過よりすれば抗告人町長に於いて本件停止決定の申請に対する意見を陳述するについては敢て準備乃至調査の必要もない実情に在つたものと認めて、普通の事例とすれば確に短か過ぎると言い得ようが、特に右意見提出の期日を求意見書送達の日の翌日である昭和三十八年六月二十九日午前十時と定めたものと認めることが出来る。従つて以上の諸般の事情を考慮すれば、原審が行政事件訴訟法第二十五条二項五項の規定により、抗告人に対して意見陳述の催告期間を六月二十九日午前十時迄と定めたのは、具体的事案に即する適法な裁量というべきである。
従つて原裁判所としては、本件代執行停止の決定をなすについて抗告人に対し意見を開陳する機会を与えたものと言うべく、しかるに抗告人においてその時機を徒過したものとして原決定を為したものと認め得るから、右措置は相当というべきで、抗告人の主張するような、意見聴取の催告期間が著しく短く意見を聴いたことにならないとするのは当らない。
二、抗告理由(2) について、
本件記録に徴すると、相手方は昭和五年八月二十五日本件土地を含む長野県北佐久郡軽井沢町沓掛より群馬県吾妻郡嬬恋村鬼押出岩に至る自動車専用道路開設の許可を得て爾来三十年余これを自動車道として経営管理してきたもので、右道路の開設以来浅間高原地方の観光及び産業は相当の発展を見、昭和三十七年度における右道路の自動車通行台数は一四八、七四四台であり、観光シーズンには一日二〇〇〇台に達することが推認され、従て抗告人が昭和三十八年六月二十七日相手方に対し発した戒告処分に基く手続が続行されるにおいては、右相手方の道路の完全な使用、管理が妨げられ相手方に著しい損害の生ずる虞のあることについて疎明があるものといえる。抗告理由(2) は採用できない。
三、抗告理由(3) について、
本件停止決定により抗告人の管理する公道の通行が一時妨げられることは認められるけれども、これにより抗告人の予算の執行に支障を来し公共の福祉に重大な影響があることは疎明せられていない。従つて右抗告理由も採用の限りでない。
四、抗告理由(4) について、
本件の本案(前橋地方裁判所昭和三八年(行)第三号)は抗告人の管理する町道につき道路法の規定を施行するため代執行の処分に出たことに対する不服の訴で、右訴において相手方も亦自己の開発した前記自動車道路の管理に関する道路運送法第五一条等の規定に基き右代執行処分の不当を主張しているので、右相手方の主張は、行政事件訴訟法第二五条第三項にいわゆる理由ないとみえるものとは未だにわかに判定しがたい。抗告理由(4) も採用できないところである。
五、追加抗告理由第一点について検討する。
抗告人町の助役唐沢和夫が同町長桜井武の代理として原裁判所より本件求意見書を受領した昭和三十八年六月二十八日に右町長が別件公務で東京へ出張中であつたとの事実は何ら疎明なく、却つて記録に徴すると本件代執行停止決定は同月二十九日午後八時五十分同町長自ら受領していることが明白で(記録一七九丁)従つて町長において求意見書の発せられたことを知つたのは右唐沢和夫がこれを受領した直後であつたとの前記認定を覆えすことはできず追加理由第一点は採用できない。
追加抗告理由第二点は、要するに抗告人の所有し管理する本件町道の利用と相手方が抗告人より賃借し、観光道路として維持経営している本件道路敷地の利用につき生じた係争の経緯を記し、抗告人の代執行処分を停止した原決定には行政訴訟法第二十五条所定の条件を無視した違法があると主張するものであるが、当裁判所は以下記すとおり抗告人の右主張を認容することを得ない。
すなわち相手方の右代執行処分によつて相手方が回復し難い損害を発生することにつき疎明があることは前記理由二に記すとおりであり、右損害を避けるため緊急の必要あることも、前記理由一の記載のうち本件代執行処分手続として戒告書の発せられるに至つた経過を述べた部分に説示したとおりである。抗告人はこの点につき相手方の管理する本件有料道路と、抗告人町の管理する本件町道浅間線の交叉する部分は昭和二十九年十月群馬県において右町道の前身である道路を開設し相手方の有料道路と平面交叉させて以来実に十年もの間何ら事故なく相互に平穏裡に通行がなされて来た、然るに相手方がこの平穏な事実を改変せんとする暴挙に出たので、その状態を抗告人が正当な行政代執行によつて旧に復せんとしたに過ぎず、右処分を以て相手方に回復し難い損害が発生するおそれありとするは解し難いところであると主張する。しかして抗告人提出の乙第八ないし十六号証によると抗告人管理の町道はその主張の如く先に昭和二十九年十月群馬県において道路法によらぬ道路として開設し、相手方の経営する本件自動車道路と平面交叉せしめ右交叉附近に観光客の便益のため休憩舎、便所、駐車場(空地)を設けていたところ昭和三十四年三月群馬県知事は抗告人町に右道路、休憩舎、便所及び空地の一部の管理を委託したところ、抗告人は町議会の同意を得て右道路を道路法に基く町道として認定し、一般に供用して来たことが認められ、又乙第二十二号証によると昭和三十四年一月以降昭和三十八年六月までの間において、右町道と相手方の経営する本件自動車道路交叉のため事故が起きて所轄警察署において処理した事例は絶無であることを認められるが、昭和二十九年以来約十年にわたつて無事故であつたとまで言い得る疎明はない。反対に甲第十号証、十一号証、十六号証、十八号証及び記録中の橋本恒美作成陳述書(一六七丁)を総合すると、最近相手方自動車道路の観光目的地である「鬼押出」方面に赴く観光客の数量は激増し、右自動車道路を正規に通行する自動車の台数は昭和三十五年度五五、七九五台、昭和三十六年八七、七七五台、昭和三十七年一四八、七四四台となり、他方、抗告人町も観光事業の盛大を期するところから町道を改修すると共に相手方の自動車道路を横断した地先に駐車場の施設をしたので同所でバスから降りて自動車道を勝手に歩く団体客も増え、町道と自動車道との交叉地点で多数のバスが停車したり人の歩行するため事故発生の危険が著しく増大したことを認めることができる。右事実と前記二に記すとおり相手方は昭和五年以来本件自動車道路開設の許可を受け三十余年にわたつてこれを経営管理し、利益を得ると同時に監督官庁の厳重な検査の下に交通の安全を維持する責任も負つていること、一般的に最近一、二年間に自動車数は激増し、従つて自動車運行による道路交通上の危険もまた激増したことは公知の事実であること、また本件資料によれば本件の係争は、抗告人が相手方に対し相手方が自動車通路として抗告人町から借受けていた本件道路敷地の返還を請求したことから端を発し、当事者双方とも附近景勝の地にたいする観光事業による利益を収めんため各自管理する道路の利用を確保増進しようとするところから争を激化せしめ、いずれも最大限に法的手段に訴えてその権利の主張を遂げようとしていることを認め得られること以上の事実を綜合すると少くとも昭和三七年五月抗告人から相手方に対し前記道路敷地の返還請求のあつた以後は、交叉する本件道路の自動車交通量は勿論のこと、当事者間の関係も従来の状態とは全く一変したことを認め得る。以上各認定の諸事実を考慮すると、抗告人の本件代執行も単にその形式のみを見て直ちに法規の正当な執行と断ずるに躊躇すべきものがあり、固より右執行がなされることによつて相手方が著しい損害をこうむることなしとも保しがたいところである。
また抗告人の管理する本件町道の通行が遮断されることにより、これを利用して浅間高原に至らんとする一般観光客が迷惑をこうむり、抗告人町の現在企図した観光施設工事の遅延乃至困難を来すであろうことは抗告人提出の疎明資料により一応これを認められる。しかしそれは係争両道路を平面交叉の現状のまま利用せしむべきであるとの抗告人の主張の正当なことを前提として承認し得るだけで、相手方は前記のとおり、抗告人の町道の利用を絶対に拒否しているものではなく、道路運送法第五一条等に従い立体交叉の方法による利用によるべきで、此の方法による場合は協力を惜しまない旨主張しているのである。従つて抗告人と相手方とが協議し右両道路を適当な方法で利用する途は残されていることが認められ、本件代執行が停止される場合抗告人町の観光事業計画の変更などの障害の起ることはともかく、右観光事業が全く挫折するとなすは当らない。従つて原決定を目して公共の福祉に重大な影響を及ぼすものと謂うこともできない。よつて追加抗告理由第二点も採用できない。
以上の次第で本件抗告は理由がないと認められるから主文のとおり決定する。
(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 加藤隆司)
抗告の趣旨
原決定はこれを取消す。
相手方の申立はこれを却下する。
との決定を求める。
抗告の理由
本件停止決定は、抗告人所有の群馬県吾妻郡嬬恋村大字モロシコ一〇五三番地所在相手方使用中の一般自動車道と、これを横断している抗告人の町道(公道)浅間線上に、相手方が昭和三六年五月五日有刺鉄線付木柵を設置し右町道を遮断したので、抗告人が道路法上の権利に基き同月三十日行政代執行によりこれを撤去したところ、相手方は同日今度はより堅固なガードロープを設置したので、更にこれを行政代執行により撤去すべく昭和三八年六月二七日付戒告書を以つて通知したところ、相手方は同月二八日行政処分取消の訴を提起し、且つ行政代執行停止の申立をなしたことに対し翌二九日停止決定をなしたものであるが、
(1) 、原裁判所は町長出張不在の六月二八日前橋市内会議出張中の助役唐沢を午後二時裁判所に呼び出し翌二九日午前十時に意見書を提出すべき旨を命じたもので、町長がこれを知つたのは二九日午前六時であり、町長は当日午前九時より農業委員会へ、午後一時より町議会へ各出席のため、意見提出の時間がなく、ために七月一日迄延期方要請中にもかかわらず、意見を聞いたものとして為したもので、これは意見聴取の催告期間が著しく短くために事実上意見を述べ得なかつたもので、意見を聴いたことにはならないのであり、(2) 、相手方には何等回復の困難な損害がないのに拘らず、(3) 、本件決定は、国立公園の天下の公道の遮断であり、抗告人の予算の執行並びに特に観光シーズンの現在公共の福祉に重大な影響を及ぼすものであり、(4) 、更に抗告人の町道は昭和三四年三月適法に認定公示され一般に供用されて、約四ケ年余経過しているものであり、又相手方はこの間道路法第九六条による不服申立ては何等しておらず、抗告人の町道浅間線は有効に確定しており、従つて本案については理由がないのに拘らず、為した違法の決定である。
追加抗告理由
第一点原決定はあらかじめ当事者の意見を聞かなければならないとする行政事件訴訟法第二十五条第五項に違反した違法がある。
(1) 行政事件訴訟法第二十五条第五項は執行停止命令を発するに当り当事者殊に被告行政庁の意見を聞かなければならない旨を要請している蓋し該命令によつて行政目的に基づく公共の福祉に重大な影響を及ぼすことのないよう直接的には同法第二十七条の内閣総理大臣の異議申立権を行使する機会を与えることを目的とする。従つて裁判所が職権を以てまたは申立を認容して執行停止命令を発するに当つてはいかに緊急な事態のもとにあつても必ず被告行政庁の意見を聞かなければならない(東京高裁決昭和二六、五、二九行集二巻八七七頁)
(2) 原審決定は昭昭三十八年六月二十八日付被抗告人の代執行停止決定申請に基づき同年六月二十九日同決定がなされたものであるがその間の事情は左記の通りであり右は明らかに抗告人たる行政庁の意見陳述の機会を与えなかつた違法あるものである。即ち抗告人昭和三十八年六月二十七日付にて長総発第一、〇三七号戒告書(疎乙第一号証)により被抗告人経営の有料道路と抗告人町の認定供用開始中の町道浅間線の交叉する部分に恰も右町道の通交遮断の目的を以て昭和三十八年五月三十日ガードロープを設置したため右ガードロープの撤去方を要請する戒告をなした処被抗告人は原審に対し同年六月二十八日右戒告書に基づく代執行停止申請をなした。原審は右申請に基づき同日付を以て抗告人町代表者桜井武宛に求意見書を原審書記官に命じ抗告人町に電話連絡せしめ(ちなみに原審前橋地方裁判所と抗告人町とは自動車にて二時間半乃至三時間の距離にあり遠隔の地である)偶々抗告人町助役唐沢和夫が前橋市内水道会館にて抗告人町代表として会議に出席中(疎乙第二号証会議出席の事実)であることを知るや電話にて同人を裁判所へ呼びつけ前記求意見書なる書面を同日午後二時頃同人に手交した。右求意見書によれば翌二十九日午前十時までに意見書を原審に必着するよう提出すべき旨の記載があつた(疎乙第三号証求意見書)。前記助役唐沢和夫は抗告人町町長桜井武が別件公務にて東京へ出張中であり且つ余りに提出期間が短期間である処より弁護士に相談する暇もなく意見書作成も全く不可能と考えられたので急拠抗告人町役場へ帰り思案の結果翌二十九日早朝せめて同年七月一日午後三時まで前記意見書の提出期限を延期して貰いたい旨を記載した書面(疎乙第四号証延期申請書)を役場書記に持たせ原審裁判所へ提出した。しかるに原裁判所は右延期申請書を無視し同日直ちに前記戒告書に基づく代執行停止の決定をなし即日執行吏送達を以て抗告人町に送達したものである。
右は明らかに抗告人の意見陳述の機会を事実上与えなかつた違法あるものであり原決定は取消さるべきである。
第二点原決定は執行停止のための実質的要件を具備しないのにかかわらず決定した違法がある行政事件訴訟法第二十五条は所謂執行停止について<1>本案提起のあつたこと<2>処分の執行又は手続の続行により回復困難な損害が発生すること<3>右損害を避けるための緊急の必要があること等これを許容するための積極的要件と<1>公共の福祉に重大な影響を及ぼすとき<2>本案について理由がないとみえるときのいずれかの場合にはこれを許容しない旨の消極的要件とを規定しているこれらの要件について原審決定は無視乃至看過の違法あるものであるが右原審決定の違法を把握する前提として本件係争の実体を開陳しなければならない。
(一) 本件係争の実体
(1) 抗告人は憲法及び地方自治法に基づく地方公共団体として住民の福祉のために国の委任事務並びに固有の事務を処理する独立の行政庁であり被抗告人は不動産観光其の他の事業を営む営利会社である。抗告人は町有の基本財産(疎乙第五号証基本財産台帳)として群馬県吾妻郡嬬恋村大字鎌原字モロシコ一〇五三番地の二六同所字大カイシコに分け約八百町歩の土地を所有している(疎乙第六号証第七号証土地登記簿謄本)。而して右土地は所謂浅間山麓の北東西に位置し上信越国立公園指定地域内にあり風光明眉である処から昭和二十九年群馬県は厚生省の援助を得て前記嬬恋村大字鎌原字モロシコ一〇五三の二六地内に観光客の休憩舎、便所、駐車場を設け右駐車場と浅間高原に於ける地の観光上の拠点である浅間牧場とを直線で結ぶ観光道路を開設設置し右道路は同二十九年十月一般公衆のため供用開始されるに至つた(疎乙第八号証群馬県 書)しかる処昭和三十四年三月に至り群馬県知事竹腰俊蔵は右公園施設の効用を増し且つ管理に万全を期するため地元であり土地所有者である抗告人町に右道路等を譲渡し管理せしめることを適当と考え抗告人町と駐車場、道路についての譲渡契約を締結して譲渡し休憩舎、便所等についてはこれを管理委託するに至つた(疎乙第九号証管理委託契約書第十号証証明書-地番誤記訂正証明書)、そこで抗告人町は昭和三十四年三月右駐車場、道路の管理を全うするため右道路を町道に認定すべく町議会の同意を得(疎乙第十一号証議会議決書)更には道路法の規定に基づき右道路が行政区画上隣接の群馬県吾妻郡嬬恋村に所在する処から同村議会の承認(疎乙第十二号証同村議会議事録)を得て同村の同意(疎乙第十三号証嬬恋村同意書)のもとに右浅間牧場より被抗告人の一般自動車道を横断して前記駐車場に至る道路を抗告人町道に路線認定し(疎乙第十四号証の一図面二告示書)つづいて区域決定(疎乙第十五号証の一及び二)且つ供用開始決定し告示し(疎乙第十六号証の一及び二)たものである。右抗告人の町道認定は既に昭和二十九年十月以来群馬県によつて開設供用開始されていた道路を巾一米拡幅して五米となし浅間牧場側を一五〇米延長して四、二〇〇米となし二級国道長野原軽井沢線に接続せしめたものであつて同規定区域決定供用開始の各手続は瑕疵なく完結して居るものである。
(2) 抗告人は被抗告人に対して昭和四年十月八日前記町有基本財産である大字鎌原字モロシコ一〇五三番の二六のうち三六八坪を被抗告人の私設一般自動車道開設のための道路敷地として無料にて十ケ年間の期限を切つて貸付をなした(疎乙第一七号証昭和四年の契約書)右は巾四間延長約一四〇〇米である。而して右私設道路敷地の貸付期限は昭和十四年十月七日満了したまま被抗告人においてもこれを使用せず荒廃状態のまま放置されていたのであるが昭和二十八年に至り無契約のまま再び被抗告人において右道路敷地の改修使用を開始したので抗告人町は町有基本財産管理の必要上同年六月二十三日右道路敷の無料貸付について被抗告人と左記の通り契約を締結した(疎乙第一八号証)。
記
貸付人 抗告人町 借受人 被抗告人会社
長野原町長萩原恭次甲とし国土計画興業株式会社代表取締役中島陟を乙として、甲の管理する長野原町有土地を左記条件を以つて貸借の契約を締結する
一、所在 吾妻郡嬬恋村大字鎌原字モロシコ一、〇五二番ノ二六長野原町有基本財産地内
二、実測面積 参千六拾八坪
三、使用の目的 私設道路敷用地
四、貸借期間 自昭和二十八年六月二十三日
至昭和三十七年六月二十二日 九ケ年間
五、条件
この賃借は浅間平原の開発並に観光地として発展上必要と認め特に甲は乙に対して無料を以つて貸付ける。但し甲に於て必要あるときは期間内と雖も返還を求めることが出来る。この場合乙は直に土地を原形に復し返還し損害の賠償を請求することは出来ない、乙は道路敷附近の個所に於ける立木並に高原植物の保護育成に務め甲に損害をあたえぬ様労むること。乙に経営に係る道路の使用については乙の発行する証明書を持参する者に対しては其の料金を全免すること、甲が乙の所有地を使用の要請があつた場合には本契約と同様の条件を以つて両者協議の上決定すること、甲乙並にこの権利を他に移転した場合にも両者協議の上この権利義務を継承せしむること、この契約書二通作製し甲乙互に領置する。昭和二十八年六月二十三日
而して右貸付契約期限は昭和三十七年六月二十二日限り満了するので抗告人は同年六月右土地の返還要求をなした処(疎乙第一九号証返還要求書)被抗告人は突然原審に対して通行妨害禁止の仮処分を申請し同年六月十二日右仮処分は決定された(疎乙第二〇号証仮処分決定書)抗告人は右仮処分に対し異議申立をなすと同時に起訴命令の申立をなした処昭和三十八年四月に至り右異議申立に対し前記仮処分認定の判決があつた(疎乙第二一号証判決)ので抗告人はこれが控訴に及んだ(御庁昭和三八年 第 号)(右本案並びに土地返還の反訴は原審である前橋地方裁判所に昭和三七年(ワ)第 号事件として係属中である)
(3) 抗告人の前記町道浅間線と被抗告人の前記私設有料道路とは昭和二十九年以来抗告人所有土地である前述嬬恋村大字鎌原字モロシコ一〇六三番の二六地先附近で平面交叉され、何等の事故もなく平穏無事に一般公衆の通行が行われていたものである(疎乙第二二号証長野原警察署無事故証明書)、即ち群馬県が供用開始をなして以来十年間抗告人が町道に認定して以来四年間平穏公然と平面交叉が行われ町道と有料道路とは相互に横断していたものであり、これが歴然たる歴史的事実であり、被抗告人においても何等異議の申立しなかつたのである。しかるに昭和三十八年五月五日被抗告人は突如右交叉部分に有刺鉄線付木柵を設置し前記町道の通行を完全に遮断してしまつた抗告人は一般公衆の迷惑を思い公共の利益擁護のため被抗告人に対し右木柵の任意撤去方催告したがこれに応じないのでやむなく道路法に基き行政代執行法の手続によつて同年五月三十日右木柵を撤去した(疎乙第二十三号証戒告書同二十四号証代執行令書)。しかるに被抗告人は即日同一場所に再びより堅固なるガードロープを設置し、これを以つて完全に町道浅間線の交通を遮断し、右ガードロープが有料道路の保護施設なりと称し原審前橋地方裁判所に対し再度行政代執行によつて除却されることを防止するため右施設保護の仮処分命令を申請した(同庁昭和三八年(ヨ)第五四号)。原審は抗告人町がその代理人である群馬弁護士と同町属弁護士発地清を通じ上申書を提出しておいたにも拘わらず抗告人町の審尋もせず同年六月一日右申請に基づく仮処分決定をなした。
右仮処分決定は被抗告人の仮処分申請書(疎乙第二十五号証申請書写)にも明記されてある通り抗告人町の行政代執行を阻止する趣旨のものであり明らかに行政事件訴訟法によらなければならないものである処原審はこれを看過して、右仮処分の決定をなすに至つたので抗告人は右仮処分決定に対し異議並びに取消の申立をなすと同時に(前橋地方裁判所昭和三八年(モ)第一三九号同年(モ)一四一号)右異議申立に基づく仮処分の執行停止申請に及んだ(同庁同年(モ)第一四〇号)処原審は右執行停止申立について抗告人の意見を聞くと称し審尋期日を指定審尋の結果約十二日間を費して右申請却下の決定をなした(疎乙第二六号証却下決定書)抗告人は右決定に対し御庁に対し即時抗告中であるが同却下理由中前記仮処分決定は適法な代執行による障害物の除却を阻止しているものではない旨の判示を得たので抗告人は昭和三十八年六月二十七日公益実現のため前記ガードロープ除却の行政代執行をなすべく被抗告人に対し戒告書を送付し右戒告書が同月二十八日被抗告人に到達するや被抗告人は本件代執行停止命令を原審に申請し原審は第一点で述べたように抗告人の意見を聞く機会を与えることなく本件停止決定をなしたものである。
(二) 原審決定は本件処分又は処分の執行又は手続の続行により被抗告人に回復し難い損害の発生することもなく、従つて損害を避けるための緊急の必要もないのに停止決定をなした違法がある。
前述(一)の本件係争の実体に於いて詳述した通り本件係争現場である被抗告人の保存する有料道路と抗告人町の町道浅間線の交叉する部分は、昭和二十九年十月群馬県に於いて右町道の前身である道路を開設し有料道路と平面交叉させて以来、実に十年間又抗告人が町道に認定、供用開始して以来四年間何等の故障もなく相互に平穏裡に通行がなされて来たのである。右事実は既に歴史的事実として厳存していたものである。この間被抗告人から抗告人に対して何等の異議の申出もなく相互の平面交差状態が平和裡に維持従続されて来たのである。
かかる事実に立脚して本件係争の実体を考察すれば、本件係争の原因が昭和三十八年五月五日被抗告人に於いて、抗告人の町道を遮断し、その交通を閉鎖した暴挙に基因するものであることは明白である。而して、右歴史的事実の改変状態を抗告人が正当な行政代執行によつて除却し、改変され通行された状態を相互に通行可能であつた歴史的原状に回復しようとするのが本件行政処分である。十年来なされて来た事実は法的状態が被抗告人の暴挙によつて一日にして破壊され、しかも右破壊状態を旧に復せんとする行為を以つて被抗告人に回復し難い損害が発生するのであるという理由は誠に理解し難い処である。暴力を先行させ、その暴力によつて改変した状態の保護を求めることそれ自体厚顔無恥であるものを社会秩序維持の最後の拠り処である裁判所に於てこれに救いの手を伸べるかの如き決定をなしたことは強いて司法の威信にも関係して来るものである。然しながら、被抗告人の理由とする回復し難い損害とは何であるか本件申請書にはその主張もなければ疎明もない。唯九項五行目で人命にも影響ある云々との主張が見えるだけである。推測するに平面交差状況において交通事故の発生の危険でもあるというのであろうか。従来十年この方一度の事故もなく通行がなされて来たことは前述の通りであり、被抗告人の主張は理由がないばかりか、却つて本件交叉点の通行を遮断されることによつて抗告人町においては、一般観光客に多大の迷惑をかけるばかりでなく(疎乙第二十七号証の一-証明書)有料道路を横断した浅間寄りに設備しつつある抗告人町営の観光施設工事の遅延乃至困難を来し(疎乙第二十八号証東鋼商事証明書、乙第二十九号証下請工事証明書)ひいては抗告人町の行政及び予算の執行に支障を来すのであり、抗告人町の観光事業計画は全く挫折するに至るのである。これこそ正に回復し難い損害が発生し公益に重大な影響を及ぼすものである。原審は右各点について被抗告人に生ずるという損害の考慮もなく行政手続訴訟法第二十五条にいう停止の条件を無視して決定をなした違法あるものであつて破棄されなければならない。